月夜見
 “残夏のころ”
  


学生が手っ取り早くバイトしようと思ったら、
夏休みだの冬休みだのという、
長期休暇ならではな限定ものを狙うのでない限り、
拘束時間に割と侭が利くところから、
まずはと接客業を選ぶのがセオリーで。
コンビニやファミレスやファストフードの店員とか、
CD・DVDレンタル店の受付係とか。
引っ越しや運送系は、
体力に自信があって車の免許持ってたら高収入が望めるが、
最近はどこも“優良な接客態度の徹底”が優先されてるらしいので、
学生のバイトだとそこがキツいかも。
季節限定っていうならお中元の配送センターとか、年賀状の仕分けとか、
着ぐるみまとってちびっ子たちのお相手なんてのもあるようだけれど、
そういうのは仕事する現場までが遠かったりも すっからな。
コンビニだったら客との接触はその場限りだし、
深夜の枠だと相手も愛想まで求めてねぇしで、
何なら無愛想なの通したっていいかも知んないけど。
この頃じゃあ、他でも、
そういうのにこだわるようになって来たみたいだっていうし、
職場での人間かんけーってのがあるトコは、やっぱ敬遠されるみたいで、

 「あら、ウチはそれほどそういうのないじゃない。」
 「そうそう。学生さんたちのシフトって夕方からでしょうに。」

でもまあ、時給を考えたら、
コンビニの深夜枠なんてのは、
こんなスーパーより段違いにいいって聞くけど。
ああ、でもねサカキさん、そういう時間帯は何かと物騒じゃないの。
コンビニ強盗が来るかも知れない?
それもあるけどそれより、
行き帰りの道で酔っ払いや不良に絡まれたりしかねないし。
ああ、それは怖いわよねぇ…なんて。
持込みの湯飲みやマグカップ片手に、
それなりの話で盛り上がってたおばちゃんたちが、

 「ルフィちゃんの場合は、
  深夜枠に放り込まれると眠くてもたないからだよねぇ。」

あわわ、こっちに話振んなよな。
曖昧に頷いて誤魔化せば、

 「高校生のそれも男の子が、
  こういうスーパーっぽいところに来るなんてね。」
 「しかも店内係なんてね。」
 「車の免許あったら、搬入の方へつけたのにねぇ。」

あはは、やっぱいじられたか。
スーパーっぽいってのは、ここって産直販所みたいな色合いが濃いからで。
普通に日用品とか生鮮食品とかも並べてるけど、
野菜は近所の契約した農家の人たちが持って来るのを並べてて。
新鮮だし品もいいし、何より安いってんで、
前々から結構人気はあったのが。
最近は天気が安定しないせいで、野菜がころころ高くなるもんだから、
ここも相当に繁盛していて。
なので、学生バイトも随時募集中、
車の免許があれば優遇、ってのは、
年のいった爺ちゃん婆ちゃんのところまで、
野菜を受け取りに行く“搬入係”も募集してっから。
そいで、

 「さて、そろそろ出ようかね。」
 「そうそう、搬入係って言ったらさ。」

カッコいい子が入ったっていうじゃない。
ああ、キナシさん、夏の間は来なかったもんね、知らなかったか。
なんか無愛想な子だけどね。
でも真面目なんだろ? だったら いい加減なよりマシだって。
そうかなぁ、あたしゃ愛想のいい子のほうがいいけどな、
どうせここでだけの付き合いなんだし…なんて。
話が随分と絞られて来、
一緒に販売ブースに出る道すがら、
俺まで何かちょっと耳がそばだったりして。

 「ゾロって言ったかね。
  そりゃあごっつい体つきしてて。」
 「え? そうだったかな。
  痩せっぽちじゃない程度じゃあなかったか。」

  それがさ、野菜カゴから落ちる水をかぶったとかで、
  シャツを着替えてたとこに行き会わせた
  サハラさんが見たらしいんだけど、
  プロレスでもやってんじゃないかってほど、
  筋肉もりもりだったって。

 「やだまあ、そんなとこ見たってかね、サハラさんたら。////////」

そこかい。
でもまあ、俺もそれは何となく知ってる。
土日の朝の当番の時とか、入れ替わりで向こうは帰るとこなのと、
更衣室で鉢合わせての一緒になることが時々あって。
そうそうまじまじとは見れないけど、背中とか凄げぇカッコいいもんな。
兄ちゃんが言うには、剣道で鍛えてるんだそうで、

 『今年のインターハイは、
  まだ一年坊だったから出らんなかったらしいけどな。』

来年は代表選考にも出て来んじゃね?なんて言ってて、それで、

 『え? あいつまだ一年なんか?』

そっちにびっくりしたもんな、うん。
ここでのバイト歴で先輩なのはともかく、
実際の年は上だろと思ってたのによ。

 「さあさ、お母さんたち。売り場へ出た出た。」

バックヤードから出て、
屋根は帆布っていうテントみたいな特設売り場へ。
夏野菜の大廉売と銘打った、
特別バーゲンが催される戦場みたいな売り場へと、
歴戦の強わものたちが散ってった朝。
開店しますとのアナウンスが流れて、


  さあ、どっからでもかかってこいっ!



      ◇◇◇


小さな町の微妙に場末にひょいと出来たスーパーマーケットは、
最初はいつ潰れるのかが話題になったほど、
これまでにも次々にテナントが変わってったことで知られてるほど、
あまり地の利には恵まれてない立地だったのに。
バイトのルフィくんがちらりとこぼしたように、
昨今の産直販売所ブームにうまく乗っかり、
しかもしかもいろいろとアットホームなサービスにも頑張ったため、
潰れるどころか テレビの情報番組でも取り上げられるほど繁盛し、
今や町起こしに一役買うほどの貢献振り。
規模を縮小し、自分チの分だけという耕作をしていた、
近在の小規模農家の家々を自分の足で根気よく回り、
見てくれより安全と味を優先という、
規格外だが実は優良な品々を揃えたのが、
今の店長にして、ルフィ坊の叔父にあたるお人なのだとか。
そして、

 『何だなんだ。
  合宿の費用なんざ、
  ウチで1カ月ほど働きゃ、あっと言う間に稼げるぞ。』

ねだった訳じゃあなかったし、
ルフィの親御も渋っちゃあなかったってのに、
話の途中から舵を勝手に横取りし、
気がつきゃ、土日の朝と夕方の、
都合の合うときにバイトに出て来いという話がまとまっており。

 “あれって、今にして思えば……。”

人の話を聞かないシャンクスならではの強引さで、
実はその時間帯の人手が足らなかったのを埋めたかっただけなんじゃあと。
何とはなく裏も読めちゃあいるのだが、
まま、悪い環境じゃあないのとそれから、
部活に集中したければいつでも辞めていいぞとも言われており。
別段、バイトくらいで集中が途切れるような、取り組みようじゃなかったけれど。
自分だけ強くてもしょうがないのだと、
後進への励ましとか指導とかにも力貸してくれないかと、
部長から言われてしまったんで。


  此処も辞めどきかな…なんて、思ってたのにね。


 『お前、ここのバイトかよ。』
 『いやいや、こいつ店長の息子なんだぜ?』

夏休みの初めのほうで、
自販機の前でたむろってた、どっか他所の高校生風の悪たれが、
暇なのか絡んで来たことがあって。
朝も早から何してんだかと、相手をしないでいたら、
何だよ偉そうにって襟首掴まれた。
店長の知り合いのおっちゃんとか、
どうかすると“モノホンの怖い人”さえビビらすほどの、
猛者だらけだもんよ。
そんなおっちゃんたちにあやされて育ったんだぜ?
だから、このくらいはどうってことねぇ…んだが、
ただ、こっちから手ぇ出したら部活に響くかなとは思ってたら、

 『ウチの店ん前で何してっかな。』

短く刈った頭へ、
野球帽みたいなツバつきの、実は作業用の帽子を目深にかぶって。
そいつの腕をそりゃああっさりと掴まえた奴がいて。
ちょっとよれたTシャツに、
ズボンも此処の兄ちゃんたちがはいてるのと揃いの作業用のでサ。
それだったから、ゴロ巻いてた連中も、何だおっさんかとでも思ったんだろ、

 『お前には関係ぇねぇんだよ。』

いきり立っての怒鳴りつけたのに、全然手は緩まなかったらしくって。
連れが何してんだって横から殴ろうとしかかったのへ、
ごろつき高校生掴んだままの手を ぶんって横に振って、
その甲で殴って吹っ飛ばした豪傑だったから、

 『あ……。』
 『うあ…。』

そりゃあもう、
俺も含めて、そこに居合わせた高校生の面子が驚いたのなんの。
しかも、通りかかりのトラック班の兄ちゃんらが集まって来てサ、

 『おーおー、ゾロやばいんじゃね?
  一応はお前学生なんだから暴力沙汰はよ。』

あやや、そうだよ。
向こうが開き直ってサ、
恥も外聞もなく“殴られました”なんて因縁つけて来たら、
部活どうこうじゃなくって、
退学ってのになるかもでと、そっちを心配しかかってたら、

 『そうそう、
  こういう“お仕置きごと”は俺ら大人に任せないとな。』
 『ひ…っ!』

  おいおい、おっさんたち……。

とまあ、そん時のことが尾を引いたって話は訊いてねぇし、
始まったばっかのガッコでもそんな処分の噂は1個もないから。
おっさんたちがそれなりの仕置きをしたせいか、それとも、
どっから見たって向こうが悪い展開なの、
山ほどの証人が言い立てたんで、処分に値しないと判断されたか。
まあ、それは俺には もうどうでもいいことんなってた。

 “無愛想でおっかない奴だなって思ってたけど。”

服のしわとか直してくれたし、
何でか…こっちの頭、
通りすがりとかにクシャッて掻き混ぜる奴だしよ、と。
そんな構われ方をにまにま笑って思い出してる、
青果担当の張り切りボーイ。

 「さあ、いらっしゃいませっ。
  今日は高階さんチの長ナスがいい出来だよっ!
  え? キャベツ半分でいいのに?
  じゃあ、あ…おーい、
  角屋のお婆ちゃん、キャベツ買いに来たんか?
  こっちのお客さんが半分でいいんだってよ。
  うん、分けて買いなよ、な?」

今日も元気に おばちゃんたち相手の商売開始。
そんな喧噪の中、2つほど通路を挟んだ向こうの売り場では、

 「それと、胸元に大きい傷痕があってね。
  古いのだったらしいから、
  小さいころに交通事故んでも遭ったのかねぇって。」

さっき休憩室で一緒だったおばさまたちが、
誰の話なやら、そんなことをやりとりしていたそうだけれど…。




     ◇◇◇


覚えているのは、そりゃあ わんわんと大声あげて泣いてた子供で。
自分だけなら避けもした、
いやいや その前の話として、
車の前へ飛び出すような無謀なことなんてしなかった。
込み合っていた駐車場、
家族に呼ばれ、左右を見ないまま、
そっちへ向かいかかった小さな子供。
気がついたら体が動いてて、
その子を突き飛ばしたまでは覚えていたけど、
胸元が凄く熱くなってくのと同時、
頭の後ろがすうって寒くなって。
次に目を覚ましたのが病院だったのの間に、
まさか1週間も経ってるなんてと驚かされた。
庇ったのは自分の判断。
上がったばっかの中学を、
半年も休まざるを得なかったほどの、
大怪我 負ったのは未熟だったせい。
全てへ納得していたし、
傷をいちいち詮索されるのが面倒で、
それでとあんまり肌脱ぎにならないでいたら、
やっぱり気にしているのねぇと、
何だか物凄く斜めに解釈されての気を遣われもして。

 『そこんところは、あんたが面倒臭がったせいでしょうに。』

まま、隠してようが晒してようが、
あんたは気にしてなくとも気を遣われたかもって結果は、
さして変わらなかったかもしれないけれどと。
口の悪い姉がそんな風に言っては茶化し、
そうだよな、こういうのを気の毒がる人もいるんだっけと、
それでやっと気がついた朴念仁。

  ……だったので

着替えの最中、
同じ更衣室に居合わせたそいつが
“あっ”という顔をしたのに気がついて。
ああ、この子も気を遣ってしまうのかなと、
そう思ったそのまま…不思議と、
胸にツキンと来たのも意外なことで。

  小さいのに柔道やってるってこと、
  小さいといっても高校生だぞと訊いて、
  もっとびっくりしたのは夏の初めで。
  店長の親戚だから、
  中学生なのに手伝ってんのかと思ってたと言ったら、
  ひでーのな、お前こそ もう大学生みたいに見えんぞと、
  そりゃあ闊達に言い返して来て。
  同じ高校に通ってるらしく、
  しかも学年も上と来て、
  うあ、凄げぇ偶然と、やたら楽しそうに笑ってて。

ああでも、
もう笑ってはくれんのだろうなと、
そんなことを、それも残念そうに思った自分もまた不思議で。

  「…それ。もう痛くないのか?」
  「え? ああ、うん。」

敬語は大仰、でも
店でもガッコでも先輩には違いないからということで、
ちょこっと丁寧めの いわゆる“タメグチ”で話す間柄。
小さな彼が、頭のてっぺんしか見えなくなるほど寄って来ると、
汗かいたんでとタンクトップも脱いでたこっちをまじまじと見やり、

 「こんな怪我したのに、その上からまた鍛えたんだな。凄げぇなぁ。」
 「…………………え?」

そんな言い方をされたのが、
ゾロにはちょっとばかり理解が追いつかなくて。

  だってよ、これって治すのに時間掛かってるはずだろ?
  でも お前、筋肉ぎっちぎちじゃんか。

入院中とかに ちょっとは衰えたんだろに、
それを盛り返すほどまた鍛えてなきゃこうはならないと。
傷ではなくてそれが乗っかってる奴の“今”を、
まじまじ眺めたらしいのが、ちと意外。
そして……。

 “………………あれ?”

同情や何やから、一線引かれるのかなと思った落胆が、
あっけないほどするすると氷解し、
胸のうちが軽くなったのがこれまた意外。
此処で見かけた小柄な彼は、
中坊かと思いきや、
もう高校生でしかも同じガッコの二年と聞いて。
柔道部の猛者だってね、
あんな庇い方したの却って失礼だったかなと思っておれば、
そうそう、あれ以降も、こっちへの態度は特に変わらなくって。

 「剣道で鍛えてるんだってな?」
 「あれ? 言いましたっけ、オレ。」
 「ウチの兄ちゃんに聞いた。」

ああそうか、此処の配送部のチーフだったよなと思い出す。
似てない兄弟だなぁ、
あ、いやいや、何につけ自信満々なところは似ているか。
着替えの途中だったのを、ごめん着て着てと促され、
他に誰がいるでもなかったけれど、
そっか誰か来ても何か妙な空気かもと。
言われるままに此処へと着て来たシャツを着なおせば。

 「来年こそはインターハイとか出られそうか?」
 「…え?」

俺んトコも、年功序列ってか、
大きい大会ほど先輩から順番って選手が決まるから。
今年も惜しいとこで団体戦へもダメでさ、と。
そんな彼が、来年は出るんだと決めてるらしい高校総体、
今年のへ こちらのお兄さんも出なかったのは、
恐らく同じ事情なんだろと、
思い込んでの口ぶりだったので、

「インターハイは無理っすよ
 来年は俺、十八越えちまうから。」
「え?」

怪我をしたのでという休学扱い、
それで中学生からの時間が、
二年ほど世間とずれてる身なのだそうで。
今年だったらぎりぎり出られたかもしれないが、
部自体へ入ってないので論外で。

「入ってない?」
「うん。通ってる道場の方を優先したいんで。」

勧誘はされたんだが、バイトが忙しいから無理と言ってしまったんで、
それでと大急ぎで探した末に、ここへ転がり込んだようなもの。

 「…何かそれって順番が目茶苦茶じゃね?」

  そうかなと、はははと笑うとき、
  目許を細めるのが何かこう、
  いきなり柔和になるのがドキッとすると。

 「〜〜〜〜〜〜。///////」
 「?? どしました?」

急に口許を もぞもぞさせ出して。
何か言いたいのか、それとも怒らせたのかなと、

  そんな風に相手の機微を、
  いちいち覗き込むほど関心寄せたの、
  思えば初めてじゃあなかったか、と。

わざわざ、それも当の相手へ訊くことじゃなし。
けどでも…あのね?と、
あんたの、お前のことで、
挙動不審にまでなってるのって、
これって変かなやっぱりと。

  お互いの胸のうち、
  もしも見えたら…同じことを思っていると、
  すぐにも気がつけたんだのに。
  それが叶わず しどもどしている、
  何だか可愛らしい人たちへ。
  窓の外、仕舞い忘れの風鈴が、
  焦れったそうに ちりりんりんと、
  尖った音を奏でてた。




   〜Fine〜  2010.09.08.

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     いちもんじ様 『先輩ルフィと後輩ゾロ』


  *自分の方が大将な?と構えるルフィはともかく、
   後輩のゾロというのは新鮮でしたが、
   甘酸っぱい間柄と言われたんで頑張ってみたものの、
   あうう、何だか残念な空回りをしちゃってるような。
   自爆しちゃいました、すいません。
   やっぱりドカバキシーンが入った辺り、
   どんだけ荒くたい人間なんだか……。
   きっとゾロのことは、
   シャンクス叔父もエース兄も見込んでて、
   どこかほややんとしている末っ子さんの、
   いいお友達になってくれたらくらいに、
   思ってんじゃないでしょかね。

   なんか、どっかの王室の構図に似てないか、それ。
(苦笑)

めるふぉ 置きましたvv めーるふぉーむvv

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